自分自身が新しい場所へ足を踏み入れたとき、その場所の空気にわたしは染まっておらず、異分子としてその場所に存在しはじめる。
その場所に微かに残された知らない人の空気、感触。
足を踏み入れた一瞬にしか味わえない高揚感から、誰かが残した痕跡の中に自分自身を存在させることが好きだ。
前にこの場所に存在していた人物が去り、どのくらいの時間が経過したのか、知る由もない。
主が去り、空気は籠り、まるで時間が止まったかのような空間。
そんな静寂の空間にわたしはひっそりと根を張り、わたしが場所の記憶に刻まれていく。
わたしの行動すべてがこの硬直した場所においては、新しい一歩となる。
時計の針が進むにつれて過去は塗り替えられ、わたしの記憶が少しずつ上書きされていく。
最近、気に入った場所ができた。
ここは、人々が憧れを抱くようなタワーマンションでも高級住宅でもない。
決して美しくない、壁には穴すら空いている古びた集合住宅。
申し訳程度に残っていた、くたびれたカーテンや埃を被った机を見ると、元の主の生活環境が垣間見える。
誰がどんな生活を送っていたのか、なぜこの場所を捨てたのか…
わたしがそんなことを考える必要は全くないのだが、ついつい思いを馳せてしまう。
かくいうわたしの生活はと言うと、すっかりこの水に慣れてしまい、日々インターネットを介したショッピングモールでくだらないものを売買する生活。
今日の売上だって新たな商品の仕入れに遣ってしまえば利益はわずかしか残らない。
夕方、わずかに残った小銭を手に階段を降り、慣れ親しんだとは言わないまでもすっかり道を覚えて...