この場所で過ごしたという事実や、ほんの少しの痕跡を断片的にでも残してしまうことは、わたしに致命傷を与えることとなる。
この世界ではAeria Securityの管理する個人情報リストにデータのない人間は出生も死亡もない、存在しない人間となる。
仮に、存在するはずのない人間が何らかの形でAeria Securityによって認知された場合、強制的に「人間的な生活」を送ることになるだろう。
「すべて国民は健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。」
わたしの知らないどこか遠い国ではこのような文言を国家の指針として定めているらしい。
健康で文化的な最低限度の生活、すなわち人間的な生活を送ることは疑いの余地なく極上の幸福でなくてはならない。
しかし、この世界においての「人間的な生活」とは食事や仕事、住まい、さらには家族や友人さえも、Aeria Securityによって与えられ、あたかも自分自身で選択したかのような感覚に陥ってしまう。
与えられた形式上の生活を送り、その感覚に陥った者は疑心暗鬼することなく、生涯の幕を閉じる。
表面的に見れば平等なシステムであり、それなりに幸福な毎日を過ごせるのかもしれないが、実体はAeria Securityに属するごく一部の人間が孫の代まで延々と肥え続けるための完全な支配、ようはリスクヘッジである。
わたしは、見せかけばかりの「人間的な生活」で生涯を終えることに対して嫌悪感を抱き続けてきた。
Aearia Securityにわたしのデータを収集させるわけにはいかない。
そのために、一定期間ごとにわたしが存在した...